卒業できるこれで
本も存分に読める
気兼ねなく遊べる
そしてごめんなさい松林先生
立派な卒論は書けませんでした…
最後にあとがきをここに載せますありがとう松林先生。
--以下僕の卒論より--
筆者はまず担当教員である松林教授に謝罪したい。いつも優しくしてくれる教授に甘え続けて遅くまで本論文の作成にとりかからなかったことを。そしてまた論文作成においても松林教授に頼りきりだったことを。
筆者は本学に入学して以来周りの人間に比べれば経済学に興味を持っているほうであった。特に経済理論に興味があり経済原論などの講義は周りのみんながつまらなさそうにしているのが理解できないほどであった。
しかし2回生で経済の基本的な理論の科目の講義が終わってしまうと講義にはあまり興味がなくなってしまった。そんなかで筆者が唯一楽しみだったのがゼミの時間である。自分たちの代が1代 目である松林ゼミに入り、最初は松林教授の顔すら知らなかった。初めて松林教授を見たのは三宮での飲み会での席であった。松林ゼミではマクロ経済学の基本 的なことを教えていただいた。経済原論Ⅱをやったつもりでいてもいざ質問されてみるとわからない箇所は山ほどあり、其の度に松林教授にはわかりやすい説明 で丁寧に教えていただいた。ゼミではISFJと日銀グランプリへの論文投稿に取組み、前期は足繁く教授の研究室に通いE-views に ついて多くの指導を頂いた。家でひたすら教科書からパソコンにデータを手打ちで打ち込んでいる時には計量経済学の研究者の苦労を知った。計量経済学の勉強 にも励み、毎日わけのわからない数式を読み解こうと本に向かっていた。そんなわけのわからない数式もひとたび教授の研究室を訪れて松林教授が紙と鉛筆を持 ち出して、得意の比喩を交えて講義を始めると何故だかわからないが先ほどまで文字の羅列であった数式がすっきりと頭の中に入りまた勉強に励もうとモチベー ションがあがったものであった。
後期になり筆者がゼミ幹事の活動が忙しくなり自然と共同論文の進行を乾君や内田さん橋本君に任せるようになると松林教授の研究室へ足を運ぶことも少なくなり計量経済学等の勉強からも遠ざかってしまった。共同論文については乾、内田、橋本の3氏の努力により関西では一番の評価を頂いたが、残念ながら賞を獲得するには至らなかった(1年後後輩がISFJにおいて関西勢初の最優秀論文賞を獲得したときは本当に自分のことのように嬉しかった)。
今では第3期までになった松林ゼミに入れたことを本当に名誉に思う。筆者たちに頃はまだ定員割れをしていたので選考を勝ち抜いたわけではないが、筆者が自分の担当教授に松林教授を望んだことは今でも最高の選択だったと自負している。
本論文の話に戻るが、論文の相談に松林教授の研究室に行くたびに3回生の頃を思い出しまた、自分の中でモチベーションをあがるのを感じていた。それでいてこの論文かと言われるかもしれないがその点については言い訳はできない。これからの頑張りにおいて松林ゼミ卒業生の名に恥じないように努力したい。本当に松林教授には感謝している。
2009年1月13日
--以上--

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